『ゲームと人』岡山ファンタジスタ篇に補足とか

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ファンタジスタ店長です。

『ゲームと人』と言うゲーセンフリーペーパーの活動をされているイツキさんが先日ファンタジスタに来店されて僕もインタビューを受けました。

その時の記事がこちらにアップされています。

今回はその時に伝え切れなかったことなどの補足をここに書こうと思います。この記事を読む前に上記のインタビュー記事にも是非目を通してください。

開業までの道筋~就職失敗からアルバイト生活~

内定していた企業と言うのが、ファミリーレストランチェーンの「ジョイフル」。中国地方をカバーする中国ジョイフルの本社が倉敷で、ジョイフル全国進出の第一期生と言うことで幹部候補として内定していました。順調であればファンタジスタではなくジョイフルの店長をしていたんだろうなーと思います(笑

残念ながら大学在学中に椎間板ヘルニアで長期入院することになってしまい、卒業時も治療を続けていたためジョイフルで働くことは出来ませんでしたが、中国ジョイフルの穴見社長には非常にお世話になりました。なんと穴見社長は現在では自民党で衆議院議員をされているそうです。

その後はリハビリしながら大学時代にもバイトしていたビデオレンタル「メディア21玉島店」でお世話になったり、「アミパラ倉敷店」(当時は倉敷フェアレーン)で働いたりしていました。

「メディア21玉島店」は、今ファンタジスタがある場所に建っていた店なので不思議な縁も感じます。

アミパラでは社員の皆さんに非常に良くして頂き、閉店店舗の引き上げ作業なども経験させてもらえましたし、本社で社員と一緒に麻雀を打ったのも良い思い出です。

開業前も風営の許可を取るためにアミパラの法務部の方にアドバイスをしてもらったり、ファンタジスタ開店時の機械設置作業、スペースを埋めるための機械をレンタルしてもらったりとお世話になりました。今もうちにあるDDRとビートマニアⅢFINALはもともとアミパラにレンタルしてもらっていたものを買い取ったものだったりします。

アミパラで働いた後は市場調査と言うこともあり、地元のマイカル新倉敷サティのゲームコーナー「アルファ21」で半年ほど働きました。ここでは商圏の実際の売り上げなどを参考にさせてもらいました。新作ゲームもなく、10時~21時という営業時間でうちの5倍以上の売り上げを出しておりSCロケの強みというのは凄いものだなーと今さらながらに思います。

その他では長野でゲームセンターを経営されていた「ハイテクエンタテイメントアーサー」の店長さんに色々とアドバイスを頂いたりもしていました。

この期間の出来事はゲームセンター経営に向けての足場作りに役立ったなーと思います。

 

ラインナップに見るファンタジスタのウリ

インタビューでは「お店としてのウリはない」と言いましたが、特徴的なラインナップを強いて挙げるなら・・・と言うことで書いてみたいと思います。

今では見られない貴重な機種としては「アイドルマスター」「ビートマニアⅢFINAL(5鍵)」が現役で稼動しています。

ビデオゲームとしては「オールネットプラスマルチ」が対戦台で8セット常設してあったり、ヴァンパイアセイヴァーやストⅢ3rdも最大5セット、餓狼MOWも常時対戦台2セット、最大3セット稼動など、イベント開催しやすいように設置台数が多めになっているのが特徴的と言えるかも知れません。QMAを4席にしたのも「大会をやるため」が主目的でした。

過去にさかのぼれば、バーチャファイター5を対戦台5セット導入したあたりからこういう傾向が強くなってきたのかなと思います。バーチャの店として認知されてた時期もありますしね。

旧作ビデオでは、メルブラ、Fate、北斗、スパⅡX、スパイクアウトも稼動してますし、稼動当時から珍しかった「ひぐらし麻雀」もあったりします。

その他、みんなでワイワイ遊べる「グレートビシバシチャンプ」や、ゲーセンでカラオケが出来る「ちょいKARA」(JOYサウンドCROSSO)などは珍しいんじゃないかなーと思います。

ラインナップ一覧はこちらから。

 

本当に休みなし?

年中無休で休みなし、と言う話がありましたが、実際には店にいなかった日もあります。たとえば闘劇に行った時は泊まりだったので店にいませんでした。

闘劇会場では「闘劇会議」に参加させてもらい、そこで初めて松田さん(現ニュートン)や、松井さん(現コーハツ)と顔を合わせたり、VFRの山岸さんやアルカディアの猿渡さんともご挨拶させてもらったりと仕事を広げる面で非常に大きな1日でした。POPYの具志堅さんや鶴巻さんともご挨拶させてもらいました。以前から「POPYって凄い!」と思ってただけに、その閉店を聞いた時は非常に寂しく思いましたねえ・・・。

その時の会議では「次回大会でギルティギアイスカを闘劇タイトルにするかどうか」という話をしてたのが記憶に残ってます(笑

他にAOUショー(現JAEPOショー)に行く時はお店を空けることもありました。前日の夜行バスで出発して、ショーが終わったら新幹線でとんぼ返りだったり、当日新幹線の始発で出発して東京滞在5時間で帰還と言う強行軍だったこともあります。

どの場合も、「お店にいないからには、何かを得なければいけない」という気持ちで動いていましたが、やっぱり店にいないと不安になっちゃうんですよねえ。

 

e-sportsについて

対戦格闘ゲームが「e-sports」と呼ばれて、プロ化していく・・・。正直まだしっくり来ません。

他のプロスポーツ、例えばプロ野球はだいたいの場合「見る物」であって、実際に草野球をして楽しんでる人たちとプロ野球ファンの総数はイコールではないですよね。本当は実際に野球をしたいと思ってても、グラウンドを用意したり18人集めたりするのはとても大変で、「野球が好きでも野球が出来ない」と言うのが野球ファンの現状だとも思います。仕方なくバッティングセンターでお茶を濁す的な。

格ゲーに当てはめると、いわゆる「動画勢」が見てる人で、ゲーセンで対戦してる一般プレイヤーが「草野球をしてる人たち」って事になるのかな?格ゲーはゲーセンに行けば出来るし、家庭用でも出来る。見る物でもあるし、プレイすることも出来るし、プロゲーマーと対戦することだって可能。格ゲーの動画勢は野球と違ってプレイヤーになることも簡単です。最大反撃仮面がいってた「動画勢を増やしたい」って言うのは、そこに繋がってくるんだろうかな。

囲碁や将棋はどうかな。プロ棋士の人たちも最初から「プロになるために囲碁将棋を始めた」って言うわけではないと思うんですよね。囲碁・将棋というゲームに出会い、その勝負の世界で自分がどこまで通用するのか試してみたい・・・スタート地点はみんなこんな感じじゃないのかなと思います。たまたまその種目にプロがあって、そういう道の選択が可能だったというだけで。

格ゲーマーはほとんどの人がそのスタート地点にいる状態で、プロになるために格ゲーを始めた、って言う人もいないと思います。今プロゲーマーとして生活するという選択が可能かというと、難しい。「e-sports」になったからといってゲームで生活が出来るようになるとは誰も思ってない気がします。

「e-sports」と呼ばれることでゲームの地位向上としての効果は見込めるのかも知れないですけど、自分たちの世界に何も知らない連中が土足で踏み込んで来てでかい顔しようとしてる、って感じるかも知れないですね。

実際に格ゲーにのめりこんでる人たちは「格ゲーが世の中からどう思われてても関係ない。自分たちはこれが面白いから遊んでるんだ!」って感じだろうし、ゲームが高尚なものじゃないのをわかった上で遊んでるわけで、「なーにがe-sportsじゃ!」って言う気持ちは僕もわかります。

「e-sports」と言う言葉は、頭の固い大人をごまかすための表現手段として受け止めるのがいいのかも。ヒカルの碁に「大人と子供が対等なんです」というセリフがありましたが、それは格ゲーにも通じるところがあるし、e-sportsと呼ばれることで、大人が子供からゲームを引き離さなくなれば、将来のゲーム人口が増えていくというメリットはあるのかも知れないです。

スト5も発売され、日本eスポーツ協会というのも動き出しました。ほんと今年は注目の1年になりそうですね。

 

・・・とインタビューで話し切れなかった部分など改めて文章にしてみました。

また思いついたら何か書くかも。

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