お水取りと”場”とゲームとマナーと敬意とDDF

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こんばんわ広報です。

先日、お水取りという奈良の東大寺で深夜に行われるイベントに行ってきました。
(お水取りについて 東大寺のサイト )

仏教の行事でつかう特別な水を汲む儀式で荘厳な雰囲気の中行われる儀式なのですが

すごく残念な事が有りました。その事を考えているとゲームと僕たちプレイヤーの共通点を見つけたので書いてみます。

その⑴

犬を連れて来ている人がいた

その⑵

神事で暗闇の中で行う行事で事前に光をフラッシュ等ともさないように注意がされているにも関わらず、警備にかかった方の「フラッシュたくな!」という声が出る程撮影マナーの悪い参拝者がいた。

 

その⑴については寺社仏閣は穢れを嫌う物というのは基礎的な知識だとお思います。また、わざわざ宗教行事を見に来る方であれば知っておいた方がいいことです。

 

その⑵については「フラッシュ」と表現されていたのですが正しくはオートフォーカスの補助ライトで、撮影している本人は気づかないで出している光でした。しかしながら行事の特性上、行事の大きな妨害となる光を出す行為はお寺の立場からすればあってはならない行為ととらえ怒る事もムリも無いです。

許されている場所

少し立ち止まって考えたいのが儀式を見に行くという事はどういう事なのかということです。それは寺に見る事を”許されている”という場だと言う事です。

観光客とは言いますが、客と店等の商売の関係でなく、儀式を知ってもらうという事の前提に置いてお寺の場所に入る事を許してもらって見させてもらっているということで、そうであれば自明のルールについては守る事が当然に思います。

その最低限のルール、つまりマナーを守る事の根底にある事は何か?それは今回のパターンであれば場に対する敬意、つまり長年続いている儀式を見せてもらう事を許してもらう事への感謝があれば必然的にその儀式を邪魔する事は無いと思います。

ゲームシーンとの共通点

ゲームセンターという場と大会

お寺とかと違って、ゲームセンターと僕たちプレイヤーには商売の関係がありますが、言うまでもなく場所とゲームを提供してもらって対価を払っている間柄です。

そこで思い浮かんだのが大会です。

大会運営をするともなれば、余剰の人件費(店員を増やす)ことと普段の利益を削る(大会筐体の占有)がありますので利益にならない事は一般的に見ても明らかなのです。

赤字といっても過言でない大会を何故するかと言えば、もちろん宣伝もありますがユーザーの要望に応えてもらって、大会を行う事を許してもらってるように最近思っています。

第一回DDFに見た感謝と敬意

お水取りでゲームシーンの事を思い出したきっかけなのが2015 年2月に京都のa-choで行われたヴァンパイアセイヴァー大規模2on2の大会DDF(DarkStalkers Duo Festival)です。

何が印象的だったかと話すと大会の内容もさる事ながら、大会後の参加者の皆さんの行動で、大会終了後すぐに帰るのでは無く対戦が沢山行われていたことです。それは皆さんがゲームが好き事が由来してるのかなと思って何人かにお話を聞いたんですが、帰って来た答えで以外だったのが「大会をさせてくれたa-choにちょっとでもクレジットを落として帰りたい」と言われた方が複数いらっしゃった事です。

つまり、場に対する敬意をセイヴァープレイヤーは持っていたという事です。

文化として成熟している行事で残念だった事が、くらべればまだまだな僕らの文化ではなされてるんだなという事を感じ、それが希望にも感じました。

今年に入ってゲームセンターの閉店のニュースが沢山ありました。まだまだ苦しい状況ですが敬意と感謝をクレジットにこめれば、そんな人が増えれば、チャンスは作れるんじゃ無いでしょうか?

ゲーセンと大会後に感謝の1クレから何か動けばいいですね。

 

 

 

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